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ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦(2016年)

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恐らく多くの人が、お盆明けの出勤は16日とか17日だったと思われますが、僕は遅れる事17日からようやく夏休みに入りました。

で、横浜のシネマ・ジャック&ベティで、『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』を観てきました。

当日はメンズ・デーという事で1,100円で観れた事はラッキーでしたが、満員全席完売にちょっとビックリ!

 

今回観て来た作品は、以前このブログでも取り上げた映画『暁の七人』の題材となったエンスラポイド作戦を描いたものです。ていうか、細部は違うものの、実話を基にしているので内容はほとんど『暁の七人』と同じですね。エンスラポイド作戦については、『暁の七人』のところで説明しているので、そちらを参照してください。

 

と、これだけだと今回の記事はこれで終わってしまうので、もうちょっと書くと、エンスラポイド作戦は、当時ナチスNo.3だったチェコスロヴァキア副総督ラインハルト・ハイドリヒを、イギリスと亡命チェコ政府が部隊を送り込んで暗殺作戦を実行した事件なのですが、結果は作戦時の暗殺に失敗したものの、作戦時に受けた負傷が原因で、ハイドリヒは1週間後に死亡しました。

問題なのはその後、ナチスはその報復としてリディツェという村を、男は処刑、女子供は強制収容所送りと、地図上から完全に抹殺した事でした。

 

今回観た『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』では、地元レジスタンスの中には報復を恐れてこの作戦を無謀とみる向きもあったのですが、作戦は実行され、そして何も知らないリディツェ村は消されてしまう…。

『暁の七人』にしても、今回の『ハイドリヒを撃て!「ナチの野獣」暗殺作戦』にしても、そして現実でも、作戦実行部隊の中心人物であるヨゼフとヤンは、極悪非道なナチスに立ち向かい倒れた英雄扱いなのですが、そのあまりにも大きな犠牲の大きさから考えると、果たしてこの作戦は無謀だったのか、それとも正義の為の戦いだったのか(故にそれにより生じる犠牲は仕方なかったのか)、考えさせられるものがあります。

現在でも、大義を大きく謳われる事は多々ありますが、こういう事例を見ると複雑な心境になりますね。

 

一方、仲間を裏切ったチュルダは、史実によると報奨金目当てに仲間を裏切り密告したという事ですが(戦後、ナチス協力の罪で処刑)、『暁の七人』では、自身にもチェコに愛する家族がいる事からリディツェ村の惨劇に耐え切れず自首。『ハイドリヒを撃て!』では、ただの臆病者で自首と描かれているのですが、裏切ったという事実は一緒でも、その人物像は史実とそれぞれの作品では違いがあり、う〜ん、一体彼の実態はどうだったのだろうという疑問がますます強くなります。

ナチに協力した裏切り者ですから、戦後彼の印象は絶対的に悪くされてきたのでしょうが、『暁の七人』でも『ハイドリヒを撃て!』でも結構な拷問を受けており、亡命政府の空挺隊員なら(史実では抵抗運動のグループの一員みたいだが…)それくらいの拷問を受けるのは自身も分かると思うし、それなのに密告の理由が金目当てという浅はかなのも、どうもスッキリしません。

実は彼は二重スパイだったのでは!?という考えもよぎります。

 

これまで、いくつかの映画の題材になってきただけに、どうせだったらチュルダの視点から描いた作品を撮っても面白いかもしれませんね。

 

2016年チェコ、イギリス、フランス作品

監督:ショーン・エリス

出演:キリアン・マーフィ他

Macchi * 映画 * 16:12 * comments(0) * trackbacks(1) * pookmark

『この世界の片隅に』を観る

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Twitterでは、『この世界の果てに』と呟いてしまいましたが、『この世界の片隅に』でしたね(汗)。

昨年の公開から話題になっていた本作をようやく川崎市民ミュージアムで観てきました。

 

上映前にミュージアムの学芸員の方もおっしゃっていましたが、全席完売の満席で、以前からここで東宝特撮物とか観ていた自分からみても、この盛況振りは異例の事態なのですが、こういう事もたまにはあってもいいよねと思います。

横浜市にも、カジノなんていらんので、こういうテーマを決めて、良質の映画を安く上映してくれる文化的施設が欲しいですね。

 

作品については、公開から時間も経っている事もあり、既に色々なところで語られているので、細かく書きません。

あらすじを簡単に書くと、浦野すずという女性を通して、日本が戦争に突入し敗戦を迎えた、昭和初期〜終戦辺りまでの軍港呉市(と広島)の様子を描いています。

 

戦争の時代を描くとなると、どうしても戦災など大変な事ばかりが描かれがちですが、この作品ではそういった厳しい時代の中でも、おっとりとした性格の主人公すずという人間を通して、「普通の」生活が前半から中盤辺りまでは描かれており、笑いを誘う場面も多々あります。

 

すずは、作品中では一人の少女から、結婚して一人の女性へと成長していくのですが、そんなすずの生活も時代の波に抗う事は出来ず、次第に戦争という現実に直面していく様子を淡々と描くところには重厚さもあり、また、すずをはじめ幼馴染の水原哲など、登場人物のそれぞれのセリフにも淡々としてながらも重みがあります。

 

私の心に残ったセリフは、海軍に入って重巡「青葉」に乗った幼馴染の水原哲が、呉に戻ってきて結婚したすず宅に一晩泊めてもらった際、少女時代から変わらず「普通の」ままであるすずに対して語った、「そのまま普通で、まともでいてくれ」というセリフ。戦場という異常な世界を経験している哲の言葉は非常に重みのある言葉ですね。作品終盤で終戦を迎え、呉港に着底した青葉を見つめる哲が描かれるのですが、彼の胸に去来するのは、死にきれなかった無念さなのか、生き残れた安堵感なのか…(ただし、この場面は、哲が戦死したという解釈もあり)。

 

また、終戦を迎え、玉音放送を聞いたすずが、怒りを爆発させ泣き叫ぶシーンがあるのですが、ここも印象的でしたね。

この時すずは、空襲で落とされた時限式爆弾の爆発により片手をなくし、その時同時に姪も一緒に亡くしています。また、兄は戦死し遺体も戻らず、両親も原爆で亡くしています。

今まで自分達が信じていたものが、このような暴力で打ちのめされた事に、今まで信じていたものは何だったのかという怒りも、観ているもの重くのしかかります。

 

反戦映画というと、悲劇を前面に押し出したステレオタイプの映画が思い起こされるけれども(もちろんそういった映画も悪いわけではない)、この作品は新しいタイプの反戦映画で、素晴らしい作品でした。

『シン・ゴジラ』もアンコール上映するらしいし、また市民ミュージアムでアンコール上映しないかなぁ。。。

Macchi * 映画 * 18:49 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

トランボ ハリウッドに最も嫌われた男(2015)

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久し振りに劇場公開映画の記事です。

7月の終わりに『トランボ ハリウッドに最も嫌われた男』という映画を観ました。

 

第二次世界大戦が終わって間もない、米ソ対立により赤狩りが吹き荒れたアメリカのハリウッドが舞台です。

物語の主人公はダルトン・トランボ。

当時アカデミー賞を受賞した事もある実在の売れっ子の脚本家です。

 

元々共産党員だったトランボは、下院非米活動委員会の聴聞会に呼び出された際、合衆国憲法修正第一条に規定されている言論と集会の自由を理由に、共産党員かどうかの証言を拒否した為、議会侮辱罪で投獄され、ハリウッド・テンの一員として名を連ねるのですが、痛快なのはその後の彼の活動ですね。

 

ハリウッドにおける赤狩りに際して、共産党員だと見なされた人達は、長らく映画界での活動の場を追われてしまうのですが、トランボは刑期を終え釈放後、B級映画に活動の場を移し、偽名で脚本を書き続け、ロバート・リッチの名で1956年には『黒い牡牛』という作品でアカデミー賞を受賞します。

また、その3年前にはあの『ローマの休日』の脚本も、友人のイアン・マクラレン・ハンターの名前を借りる事で書いており、その『ローマの休日』もアカデミー賞を受賞しています(受賞当時はハンターが受賞したが、その後トランボの名誉回復により1993年に改めてトランボに授与されている)。

そして1960年代に入ると、カーク・ダグラスやオットー・プレミンジャーが、トランボの噂を聞きつけ、圧力をはねのけトランボを『スパルタカス』や『栄光への脱出』に起用し、とうとう実名での復帰を果たします。

 

名画にそのような裏話があった事に驚かされ、またトランボという強く生きた人間の生き様、そして圧力に屈する事なくそれを支えたB級映画会社のキング兄弟の存在には爽快感すら感じましたが、改めて思うのは、ハリウッドにおける赤狩りがいかに大きな傷跡を残したかという事。

ハリウッドにおける赤狩りについては、ロバート・デ・ニーロが主演した『真実の瞬間』など幾つか作品があり、また、赤狩りに際して仲間の名前を売った事のあるエリア・カザンが、1998年にアカデミー賞名誉賞を受賞した際には、ブーイングを浴びた事も有名です。ちなみに、今では愛と夢の伝道者的な存在であるディズニー映画ですが、その創始者ウォルト・ディズニーは、ハリウッドにおける反共団体「アメリカの理想を守るための映画同盟」の設立メンバーの一人であった事も有名な話です。

この作品では、トランボ自身も、食いつなぐ目的で量産し続けていたB級映画の脚本の為に、それまで良好だった家族関係が悪化する場面があるのですが、彼のように強く生きられなかった者は、仲間の名前を下院非米活動委員会に売る事で、映画界でなんとか生き延びるなどの場面も描かれ、この作品ではただ単にトランボという英雄を描くような勧善懲悪ものではなく、仲間の名前を売っ

た者も、また赤狩りの被害者だったと描かれています。

 

それにしても当時のアメリカは、ソ連に対して自由主義・民主主義を題目に対抗しているのですが、そのアメリカが、ヒトラーやスターリンのように一人の独裁者によるものではなく、伝染病のように多くの人間が全体主義同様の思想信条を否定に向かっていく様は、自由主義・民主主義という概念がいかにもろいものかという事を思い知らされます。

本作は、もちろん娯楽作品ですが、と同時にネット等が急速に発達した現代社会において、いかに冷静な目を持っていられるか。そんな事を考えさせられる作品です。

 

2015年アメリカ作品

監督:ジェイ・ローチ

出演:ブライアン・クランストン、ダイアン・レイン、ヘレン・ミレン他

 

Macchi * 映画 * 15:42 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

残穢 -住んではいけない部屋-(2015)

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前回に引き続き、午後に観た映画です。『残穢 -住んではいけない部屋-』を観ました。

昨年11月、とんでもない駄作だった『女優霊』を観た際、予告編を観て、これはゾクゾクさせてくれるんじゃないかと期待も込めて観に行った次第です。

「私」(竹内結子)は、簡単なホラー小説も執筆しているのだが、その縁で久保さん(橋本愛)という女子大生の読者から、1通の手紙を受け取る。
手紙の内容は、一人暮らしを始めたマンションの部屋で、自分以外誰もいないのに物音がするというのだ。
その後も久保さんから状況報告が続き、「私」は久保さんの部屋で起こっている現象に、以前似たような覚えがある事に気付く。それは、以前別の読者から受け取った手紙で、久保さんの部屋とは別室だが、実は久保さんと同じマンションに住んでいた女性が体験した現象と同じ現象だったのだ。
興味にかられた「私」は、久保さんと怪奇現象の謎解きに取り組み、そのマンションが建てられる以前の歴史を調べていくのだが(部屋は事故物件ではないと判明した為)、事態は思わぬ方向へ広がっていく…。

まだ、これから観ようと思っている方に断っておきますが、本作はギャーギャー叫ぶようなホラー映画でもないですし、恐ろしい事実が判明しますが、背筋が凍りつくような恐怖映画とも違います。
恐怖感を期待して観ると正直ガッカリするかもしれません。
では、本作は何なのか?というと、恐怖系のミステリー・サスペンス作品ですね。
本作の面白さは、個々の怪奇現象・惨劇が、それぞれ別物の事件ではなく、連綿と繋がっている点であり、そこを手繰ってつなぎ合わせていく点にあります。

次々に明らかになる事実に面白くもあるのですが、少々テンポの悪さも感じ、解明される事実にさほど恐怖を感じなかったかなぁという感じです。
あと、最後の方で無理やりホラー感を出すのも、取って付けたような感があり残念かなと思いました。

原作:小野不由美
監督:中村義洋
出演:竹内結子、橋本愛、佐々木蔵ノ介、滝藤賢一、坂口健太郎他

 
Macchi * 映画 * 11:44 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

ブリッジ・オブ・スパイ(2015)

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毎月1日は映画の日という事で、1,000円で映画が観れる事もあり、毎年元旦は映画を観に行っていたのですが、今年の元旦は、『007』を観たかったのですが、観に行きませんでした。

その代わりというわけではありませんが、今年は年明け早々から観たい映画が公開されており、先週の土曜日(2月6日)に午前・午後と映画鑑賞のはしごをしてまいりました。

まず午前中に観た映画から。『ブリッジ・オブ・スパイ』です。

スティーヴン・スピルバーグが監督し、コーエン兄弟が脚本を担当。さらにトム・ハンクスが主役という、ゴールデンな顔ぶれに、これは映画ファンなら観ないわけにはいかないでしょうという感じです。

今回観た作品は、実話が基になっており、ストーリーは前半と後半の2部構成的な形で進みます。
東西冷戦が最も熾烈だった1950年代後半から1960年代前半にかけてのアメリカ、および東ドイツが舞台です。

前半は1950年代後半のアメリカが舞台です。
1957年、アメリカ・ニューヨークで、ソ連のスパイ、ルドルフ・アベル(マーク・ライランス)がFBIに逮捕されます。
アベルのスパイ容疑に対する裁判に対して、彼の国選弁護人として白羽の矢が当てられたのが、弁護士のジェームズ・ドノヴァン(トム・ハンクス)。
ドノヴァンは、保険関連のやり手の弁護士であり、今回の依頼は自身の専門とは異分野の依頼。
しかも敵国のスパイの弁護人というまさかの依頼に、冷戦という最悪の時期だけあって、国民の目の敵にされる危険性もあり、当初はその依頼に躊躇しますが、どんな人間でも公平な裁判を受ける権利があるという信念の下、弁護人を引き受けます。
元々この裁判自体、アメリカ政府にとってみれば、自由主義国家アメリカのソ連に対する、「例えスパイであっても公正・公平な裁判を受ける事が出来る」という政治的メッセージを込めた、形だけの、悪く言えば茶番劇的な意味の裁判。
この為、ドノヴァンには形式上の弁護人以上の役割を期待していたわけではなかったのですが、ドノヴァンは、家族に生命の危険が及ぶほどの嫌がらせを受けながらも、最終的には最高裁まで持って行き、結果的には有罪で敗訴ながらも、死刑を回避し、懲役30年という実質勝訴的な形で、裁判は幕を閉じます。

そしてその5年後、ドノヴァンは、再びアベルと関わる事になります。
ドノヴァンが、裁判でアベルを死刑から回避させるよう働きかけた理由は、いずれ今回とは逆のケースで、アメリカのスパイがソ連に捕まるかもしれない。その時、アベルを生かしておけば、自国のスパイとの交換に切り札として使う事が出来るかもしれないというものでした。
皮肉にもドノヴァンの口実は、1960年にアメリカのU-2偵察機が、ソ連上空をスパイ飛行中撃墜され、パイロットがソ連当局に捕まった事で現実のものとなります。
アメリカもソ連もお互いのスパイを取り戻したい。しかし、両国とも公式にはスパイ活動を否定して、公にはスパイの交換を出来ない。
そこでまたしても白羽の矢が当てられたのが、民間人であるドノヴァン。
スパイ交換の交渉の場であるベルリンでは、共産圏の東ベルリンから自由主義圏の西ベルリンへの逃亡を防ぐ為、ベルリンの壁が建設されようとしており、時期としては最悪の時期。
そんな中、アメリカ人学生がスパイ容疑で東ドイツ当局に逮捕され、スパイ交換は、アメリカ、ソ連、そして東ドイツの思惑が絡む複雑な事態に発展して行く事に…。

第2次世界大戦後、米ソが激しい対立をしていた事は、今となっては昔の事ですが、少なくとも僕が中学生の頃は、この映画の舞台となった1950年代〜1960年代とは状況は違いましたが、当時のアメリカのレーガン大統領が、ソ連の事を「悪の帝国」と呼ぶなど、米ソ冷戦は、そんな記憶の彼方に霞む程、昔の歴史的事実ではありません。
その米ソ冷戦の最中、1950年には、アメリカでは「マッカーシー旋風」といって、共産主義者狩り、いわゆる「赤狩り」が吹き荒れ、映画の都ハリウッドでも赤狩りが吹き荒れた事は、ロバート・デ・ニーロが主演した『真実の瞬間』で描かれた通り。
「マッカーシー旋風」自体は、1954年頃に終息していますが、この映画が描かれた時代でも、まだキューバ危機は起きておらず、米ソの対立が最も激しかった時代です。
当然アメリカ国民も、ソ連憎しの一色に染まっている時代なのですが、そんな中でも、ドノヴァンのような人間がいるという事が、例え最悪の状況であっても民主主義が機能しているところがアメリカだなと思わせる前半部分。

そして後半は、アクションこそないものの、スパイ映画さながらのハラハラさと、アメリカソ連はもとより、アメリカに対しては国家として認めさせたい、ソ連に対しては東側陣営の一員として一矢を報いたい東ドイツの思惑が絡む、国際政治ドラマが楽しめます。

難しいテーマながらも、しっかりと娯楽作品としての楽しさも保った見応えのある作品でした。

2015年アメリカ作品
監督:スティーブン・スピルバーグ
脚本:マット・チャーマン、コーエン兄弟
主演:トム・ハンクス
Macchi * 映画 * 13:36 * comments(2) * trackbacks(0) * pookmark

劇場霊(2015)

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あまりにひどい作品だったので、サラッと。

先月(11月)の終わりに、チネチッタで観てきました。
『リング』の中田秀夫が、自身の映画監督デビュー作であり、伝説のホラー作品とも評される『女優霊』を、20年振りにその姉妹編的な作品を撮った、みたいな宣伝の仕方だったので、これはと楽しみに観に行きました。

AKB48のぱるること、島崎遥香主演、他に足立梨香(『クロユリ団地』のスピンオフドラマや『あまちゃん」、それにバラエティ番組にもよく出てますね)、町田啓太(劇団EXILE。『花子とアン』や『美女と男子』)、小市慢太郎出演。

タイトルが『劇場霊』という事で、まあ出演者は舞台女優や舞台関係者を演じていますし、戦慄の場所も劇場なのですが、タイトルからすれば、劇場に巣食う霊が恐怖に陥れると想像したくなりますが、全然そんなのではなくて、霊の乗り移った、小道具として使われている人形が皆を恐怖に陥れるという、実にまあチープなあらすじ。
ただ、これじゃあ『劇場霊』というタイトルとは全然関係なく、色々な映画レヴューブログでも書かれていますが、『人形霊』ですよね!?
そりゃ、確かに人形は昔から魂が乗り移るとか、古典的なホラーの要素ですが、何も今さらこんな使い古した手法で作品を撮らなくても…と思わざる得ません。

最近ドラマではめっきりいい人を演じていた小市慢太郎が、久し振りに嫌味な舞台監督を演じていて、救いはそれぐらいかなという作品でした。

映画館では、宣伝も兼ねた黒いポケットティッシュ貰いましたよ。
Macchi * 映画 * 20:28 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

フューリー(2014年)

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。


映画を2本観に行ったくらいで、かなり以前に買ったPCゲームにはまってしまい、これといって特に何もやっていないのにも関わらず、9日間ある年末年始の休みも、早くも残すところあと1日のみ。。。
明後日からの仕事嫌だなぁという思いが日に日に強まっています(苦笑)。


新年第1段の記事は、予告通り映画記事です。
元旦に観に行って参りました、ブラット・ピット主演の戦争映画『フューリー』です。


ブラット・ピット演じる戦車長コリアーをはじめとするM4シャーマン戦車「FURY」号(M4A3E8)のクルー達と、ひょんな事からその「FURY」号に補充要員として送り込まれた新兵ノーマン。
「FURY」号のクルー達は、共に北アフリカ(トーチ作戦か?)の戦いから一緒に戦い続けている歴戦の勇士達。
一方ノーマンは、本来なら司令部辺りで将校等の指令書等をタイプしているはずの、後方勤務の兵士なのですが、そんな兵士が全くの戦闘経験もないまま、最前線へ送り込まれてしまいます。
そんな彼等が、第2次大戦も終わろうとしている、戦争末期のドイツで遭遇した戦闘を描いたのが本作です。


正直言って、何であんなところでティーガー(ドイツ軍の重戦車)が1両で単独行動しているのだ?とか、仲間の戦車を全部失い、自身も地雷で足回りを破損して動けないのに、いくら歩兵とはいえパンツァーファースト(歩兵用の対戦車兵器)を携行している武装親衛隊(武装SS)300名に対して、戦車1両で戦闘に挑むわけないだろう!とか、色々突っ込みどころ満載で、まあ荒唐無稽なフィクションです。
やっぱりというか、最後はクルー達は、ノーマンを除いて全員戦死してしまうのですが、それでも300名の武装SSに大損害を与え、一人だけとはいえ、ノーマンが生き残るところも、典型的なアメリカ軍中心のヒーロー戦争映画。
ドイツ軍は、特に悪役らしく憎たらしく描かれてはいないのですが、武装SSを中心に登場させ、その武装SSに対して、コリアーが異常なまでに憎悪を抱いてるので、ドイツ軍といっても、武装SSとなってしまうと仕方ないといえば仕方ないのかもしれませんが、ドイツ軍はあまり好意的には描かれていませんね。


とはいえ、まだ第2次世界大戦を扱った戦争映画が盛んだった1950、60年代ならともかく、この『フューリー』は2014年の映画。
ドイツの侵略と圧政からの解放を掲げた、アメリカにとっていわゆる正義の戦争であった第2次世界大戦のヨーロッパ戦線を描いた本作ですが、そこで描かれるアメリカ兵は正義のヒーローからは程遠い、かなり醜悪な存在です。
命乞いをし丸腰で無抵抗なドイツ兵を射殺するコリアー。投降してきたSS隊員を裁判にもかけず、虫けらのように射殺するアメリカ兵達等々。
当初は、戦地で目の当たりにした戦争の現実に恐れ、嫌悪していたノーマンも、次第に「良識」が麻痺し、放っておいても焼死していたであろう、戦闘で傷付き苦しむ敵砲兵を射殺するなど、仲間から「マシーン」と呼ばれる非情な兵士へと変貌していきます。


アメリカ軍中心のヒーロー戦争映画といえども、戦争の重たい現実を見せつけるところもあり、結局何を描きたかったのか、少々焦点が甘くなってしまったかなとも思いました。


それにしても、M4シャーマンの本物が戦争映画に登場するのは、別段珍しい事ではないのですが、敵役のドイツ軍戦車ティーガー気遼槓が登場するのは極めて稀です。
ティーガー気蓮△海譴泙任離茵璽蹈奪兩鐇を描いた戦争映画でも度々登場してきましたが、体外はソ連軍の戦車T-34/85をそれっぽく改造したもので、いくらそれっぽく改造しても、どうしても元々のT-34/85の車体のフォルムが残ってしまって、違和感があったんですよね。
わざわざ博物館から稼働する実車を借りてきて撮影したそうですが、やはり本物の存在感は違いますね。



Macchi * 映画 * 14:32 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

風立ちぬ(2013)

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ひっさびさの映画記事です。

本来なら6月に『クロユリ団地』を観ていたので、それを記事にすべきでしたが、ホラー映画とはいうものの、恐怖感はイマイチで、最後はただの化け物映画になってしまうところにはガッカリ…。
恐怖のファクターとなるミノル君の演技はなかなかのものでしたが(特にあの目つき)、映画で描かれていた、ミノル君がああなってしまった理由が、実は本当の核心ではなくて、映画と連動してTBSで放送されていたドラマ『クロユリ団地〜序章〜』にその核心が描かれていたところに、ドラマの方が映画の本編じゃないの!?という感じで、何だかなぁと思いました(ドラマでは、途中のエピソードで成宮寛貴も、最終話では前田敦子も登場。そして映画の話へと続くのでした。ちなみに全然関係ないですが、最終エピソードの前のエピソードでは、朝の連ドラ『あまちゃん』の"まめりん"こと、足立梨花も登場。って、全然関係ないですね)。

とまあ、『クロユリ団地』の話はこれぐらいにしておいて、『風立ちぬ』です。
久々に劇場でジブリ作品を観ました。『耳をすませば』以来です。

本作は、宮崎駿が模型雑誌月刊『モデルグラフィックス』誌上で連載していた漫画を映画化したものです。
『モデルグラフィックス』については、僕自身、趣味の一つにプラモデル作りがあるので、中高生の頃は毎月購読しており、その時連載されていた宮崎駿の『雑草ノート』も愛読していましたが、ここ10年以上同誌を立ち読み程度で済ませていたので、2009年頃に連載していた本作については、全く気に留めていませんでした。
今回は、旧日本海軍戦闘機ゼロ戦の設計で有名な堀越二郎のエピソードに、堀辰雄の純愛小説『風立ちぬ』のエピソードを織り込ませたストーリーで、それ以前のジブリ作品と違い、ファンタジーの世界ではなく、実在の人物を描いている為、大人向けのアニメーションと考えていいでしょう。事実、僕が横浜のムービルで鑑賞した際も、子連れは少なく、年配の方の姿も目立ちました。

公開から観客動員も順調に推移しており、話題性もある本作ですが、作品自体の評価を巡っては、色々賛否両論があるようです。

僕自身は、まず堀越二郎を主人公にしたと聞いて、「ああ、今回は宮崎駿の趣味的な部分が色濃く出た作品なのかなぁ」と思いました。本作が、『モデルグラフィックス』誌上で連載されていたと聞いて、同じように同誌で掲載された『紅の豚』が映画化された例もあり、その思いも確信に変わりました。
主人公二郎と妻菜穂子との純愛について感銘を受けた方もいるでしょうが、本作のキーワードはやはり堀越二郎という人物でしょう。
それは、冒頭の少年期の二郎を描いているところから分かるように、視力が悪く、パイロットになる夢は絶たれども、設計者という形で、憧れの飛行機に対して夢を追い続ける主人公の姿が主題です(また二郎のみならず、同じ設計者仲間の本庄など、やはり飛行機設計へ情熱を傾ける者達の姿も)。

ただ、隼と並んで旧日本軍を代表するゼロ戦という兵器を設計した、堀越二郎という人物を題材に取り上げた事については、国内でも戦争賛美ではないか?という批判も少なからずあるようです。
しかし、この作品では問題視されている(?)ゼロ戦が登場するシーンは最後のワンシーンのみで、兵器を称えるようなシーンもなく、この手の批判は全くの的外れだと思います。本作は、戦争へと突き進み、軍部が列強国と渡り合える戦闘機を要求する環境下で、いかに設計者達が生きてきたかを描いているだけです。
とはいうものの一方で、設計者達がそのような環境下で抵抗、あるいは抵抗までいかなくとも嫌々ながら戦闘機を作らされているようなハッキリとしたシーンもなく、この辺が明快でないところも煮え切らない印象を与えるのでしょう。
ところが、この煮え切らなさにこそ、本作の特徴一つがあるのだと思います。
そもそも、当初映画化するつもりがなかった宮崎駿が、本作を映画化したきっかけは、ジブリの鈴木敏夫に、ミリタリーマニアである宮崎と、平和を唱える宮崎という、相反する自分に対して答えを出すべきと言われた事らしいのですが、本作で登場する二郎をはじめとする設計者の抱えた夢や矛盾、そして苦悩は、まさに宮崎駿自身の投影ではないかと思います(その答えは出たのかどうか分かりません)。

本作は、大正、昭和初期から終戦へといたる時代を背景にしていますが、関東大震災や世界恐慌という出来事がありながらも、欧米と比べてまだ貧しい日本が、富国強兵へと急速に突き進んでいき、敗戦によって全てを失う姿は、(当時)死の病であった結核を患いながらも、二郎との婚姻生活を生き急ぐ菜穂子の姿とシンクロします。
劇中で、二郎は、リヒャルト・ゾルゲをモデルにしていると思われる人物と出会い、日本は起きた(起こした)事を忘れるといわれるシーンがあります。
本作で描かれるこれらのシーンは、東日本大震災が起き、今一つ立ち直れない経済状況や、当てにならない政治情勢など、昨今の日本に対するメッセージとも取れなくもないように、僕は思います。

これまでのジブリ作品とは違い、明快さはありませんが、色々と考えさせられる作品でした。
それと、これも賛否両論のあった庵野秀明を二郎の声に充てた件ですが、僕は意外に良かったと思いますよ(菜穂子役の瀧本美織も)。

2013年日本作品
監督:宮崎駿
声の出演:庵野秀明、瀧本美織、西島秀俊他
Macchi * 映画 * 17:02 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

この年末年始に、家で観た映画を数本紹介

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 ・レッド・サン(1971年フランス・イタリア・スペイン合作)
三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロンと、日米仏の映画スターが共演した異色の西部劇。
幕末に日米修好の任務を帯びてアメリカに渡った日本大使黒田重兵衛(三船敏郎)は、汽車でワシントンへ向かう途中、リンク(チャールズ・ブロンソン)、ゴーシュ(アラン・ドロン)率いる盗賊に襲われ(彼等の元々の目的は、列車に積んだ金貨)、アメリカ大統領へ献上する宝刀を奪われてしまう。
列車強盗後引き上げる過程で、ゴーシュに裏切られ、強奪した金貨を奪われたリンクと、宝刀を奪われた黒田は、共闘してゴーシュを追うが…。
テレンス・ヤング監督作品。元祖『ラスト・サムライ』的な作品で面白かったです。

・兵隊やくざ 俺にまかせろ(1967年日本作品)
『兵隊やくざ』シリーズ6作目。
勝新太郎、田村高廣出演の同シリーズですが、やはり一番面白いのは最初の作品かな…。
階級だけでなく、何年軍隊の飯を食ったかがモノをいう理不尽な日本の軍隊社会で、破天荒に暴れまくる勝信がたまらなく爽快なのが、第1作なのですが、シリーズ化するごとに軍隊内以外のエピソード(敵との戦闘とか、財宝だとか)が詰め込まれ、つまらなくなっていきます。
今作は、有田(田村)の幼馴染田沼参謀に裏切られ、大宮(勝信)、有田が戦闘のどさくさにまぎれ、抹殺されそうになるというストーリーで、ストーリ自体はいいけど、大宮の暴れっぷりが物足りなく不満。

・カジノ・ロワイヤル(1954年アメリカテレビドラマ)
イアン・フレミングが書いた『007』シリーズの第1作小説で、映画では2006年のダニエル・クレイグ=ボンドのデヴュー作ですが、今回観たのは1954年のテレビ用に作られたドラマ。
ボンドはイギリスMI6の諜報員ですが、このドラマでは何故かアメリカ人です。
1時間もので、派手なアクションは全くありませんが、『007』ファンなら、是非観ておきたい作品です。

他にも数本映画を観ていますが、今回はこれくらいで。。。
Macchi * 映画 * 17:20 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark

007 スカイフォール

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毎年の年中行事である、元旦の映画劇場公開作品鑑賞。
元旦は映画が1,000円で観られる日という事で、毎年ずっとこの日に観ているのですが、今や毎月1日が1,000円で観られる日なので、特に元旦に観る必要はないのですが、今もずっと観続けています。

今回観たのは、ダニエル・クレイグ演ずるジェームス・ボンド3作目『007 スカイフォール』です。

今回の敵は、外国のどこかの国だとかというわけではなく、ボンドが所属するイギリスの諜報機関MI6の元諜報員シルヴァ(ハビエル・バルデム)。このシルヴァが、以前スパイ活動中に敵に拘束され、その際Mに見捨てられ、自決しようとして命を落としかけた事を恨み続け、そしてMに対して復讐を仕掛けてくるのですが、これに対してボンドが挑むというのが、今回のストーリーです。

冒頭、ボンドは敵との格闘中に、(格闘中ではあるが、敢えてMが出した敵への狙撃指示により)味方の誤射を受けて負傷してしまうのですが、スパイという、いざという時は味方からも見捨てられてしまう非情な存在を、それでも忠実に任務を遂行するボンドと、Mへの復讐に燃えるシルヴァという2人を通して対照的に描いています。
またMI6は、スパイという人海(人力)に頼る、冷戦時代の古臭い存在として、劇中、時の政権により非難の対象となるのですが、負傷により休養を余儀なくされ、なまった体になってしまったボンドと、初代ボンドカー アストンマーチンDB5が活躍するシーンは、古臭い存在の面目躍如ともいうべきでしょう。

この『007』も製作50周年という事と、昨年はオリンピックがロンドンで開かれ、世界の注目がイギリスに集まった事も関係しているのか、決戦の舞台はイギリスで、なんとなく『MASTER キートン』みたいで、ド派手な爆破やアクションは以前の作品と比べると地味ですが、なかなか渋くて良い作品です。

これで、3作目のダニエル・クレイグ演ずるボンドですが、実は僕は今作で初めてクレイグのボンドを観たのです。
ロジャー・ムーア以降に続いた2枚目ボンドもいいですが、こういう「いかつい」ボンドもいいですね。格闘の後で、スーツをピシッと直す場面もカッコいいです。

劇中でなんと日本の軍艦島も出てきて(劇中の設定では中国のとある島です)、ビックリもしました。


2012年アメリカ作品
監督:サム・メンデス 出演:ダニエル・クレイグ、ハビエル・バルデム他

Macchi * 映画 * 17:13 * comments(0) * trackbacks(0) * pookmark
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